オランダで起業

ポートフォリオ・ニュースではオランダで起業したかたがたを定期的にインタビューしてご紹介しています。自薦他薦を問わずご興味のあるかたは、info@portfolio.nlまでご連絡ください。

2018-07-16

「発酵食品と麹」の研究とワークショップを開催する茉莉花Groenさん

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茉莉花Groenさんはアムステルダムでオランダ人や日本人も含む外国人向けに、英語で発酵食品や麹のワークショップを開催しています。かなり専門的なものから素人でも楽しめるものまであり、発酵食品ファンにとっては珠玉の講座です。P:ポートフォリオ、M:茉莉花Groenさん

P:今どのような研究とワークショップをおこなっているのでしょうか?

M:ワークショップとしては、今の私が知り得る範囲での暮らしの発酵術、また日本の醸造産業の実態をお伝えさせて頂いています。具体的には味噌、醤油、酒、味醂、酢、塩蔵、乾物などの伝統食、その要である麴の作り方、旬のものを生かした保存食や常備食、そしてそれらに囲まれた生活術という名の手抜き法などです。
日本の伝統発酵食をメインにしていますが、合間にコンブチャやケフィア、また欧州に来てから作るようになった杏干しやどぶろく、テンペなども希望があり次第講座を開いています。日本の漬物の知恵を取り入れつつ、オランダで入手できる食材で作る発酵食品は新しい文化の創造ともいえ、生活の中の小さな冒険のようでワクワクしますね。
常に自由研究みたいな感じなんですが、日本やアジア諸国で培われてきた食文化と欧州でのそれとの交雑で何が生まれるか、みたいなことに興味があって日々思いついた(というかその辺にある)食材を乾燥、塩蔵、麴化したりしていると思います。あとは画一的に製法が伝承されてきた食品も、実は他国でもっとシンプルな方法で作られていたのではないか、などの疑問からリサーチ、実践、経過観察などを行っています。楽しいです。

P:発酵食品に取り憑かれたのはいつから? 何がきっかけですか?

M:取り憑かれてるというか…暮らしの一部としてもう切り離すことはできないと思います。
もともとオランダに来た時、味噌はずっと長崎の麦味噌を日本から持ってきて大切に使っていたんですが、ある時からこちらで手に入る食材で造ろうと思いたち味噌作りから始まりました。ほぼ同時期に柿酢を教えてくれたシェフがいて、農家でなくシェフから教わったというのが笑えるんですが、果実酢は基本的な天然発酵の初めからほぼ終わりまでを観察できる、素晴らしい体験学習でした。それからは、もう坂道を転げ落ちるように手作りの道を歩いてきています。

P: そういえば、今年も2ヶ月半日本で発酵の旅をしていらしたそうですが、そのお話をきかせてください。

M:毎回帰国の度に何となく自然に決まるテーマがあるのですが、今年はそれが「醤油」でした。醤油って、他の醸造物もそうですけど、とてもシンプルな原材料でできているんです。まず大豆。そして小麦、塩。ものによっては大豆だけとか小麦だけというものもあります。
私は今オランダで醤油を仕込んでいるわけですが、ここで「作っている」と言わず「仕込んでいる」と言うのは、実は仕込むまでというのは誰でもできるんですね。というと語弊があるかもしれませんが、家庭用となると量も限られていますし麴さえ作ることが(あるいは入手)できれば、仕込みまではさほど困難ではない。問題はここからで、もろみの状態をどのように観察し、どのような状態を目指すのか。醤油用の麴はどのように持っていくのか。細かいことを話し出すとキリがありませんが、今自分が仕込んでいる醤油がこのままでいいのか、ということが知りたかったですね。そこで本当に美味しいお醤油を作っている蔵元の仕事を実際に見学させて頂き、直接お話を伺いました。醤油用の製麹については深く学びたかったので、養父市の大徳醤油さんにお願いして一泊二日の強化合宿を企画し初めから終わりまでを体験学習させて頂きました。
その他も、奈良の片上醤油さんや小豆島の蔵元など、とても貴重なお話を聞かせていただきました。

個人的なテーマは醤油でしたが、奈良で尊敬する仲間と発酵合宿をしたり、好きな種もやし屋さんで勉強会兼同窓会をしたり、発酵仲間、蔵人さん、窯元さんに会いに行ったりと、移動が許す限り会いたい人に会いに行っていました。

P: 日本での発酵の旅、すごいですね。熱意がひしひしと感じられます。ところでオランダに来る前は何をしてらしたのですか?

M: オランダに来たのは2008年、ちょうど10年前ですが、渡蘭直前はあんまり面白いことはしてなかったです。遡ると、京都の芸大を卒業後すぐにニュージーランドで勉強したり働いたり旅したりぶらぶらしてたんですが、帰国後に日本でデザインと英語を両方生かせる会社にうまく出会えず、海外顧客を相手に英語関係の仕事三昧の日々でした。しかし初めての日本国での社会人経験、学ぶことも多かったです。

P:オランダに来たきっかけは? オランダの生活はいかがですか? 

M: ニュージーランドにいた際に今の夫と出会ったのですが、自然な成り行きでオランダで同居することになりました。国内でいいなと思うのは自由と創造が尊重されている点、合理的な働き方や自由な家族の形、家族で過ごせる時間がとても大切にされているところ。あと四季の移り変わりもだいたい日本と同じなので、和と欧の行事が両方楽しめるのもいいですね。

P: 今後の目標は?

O:数年前から日本にまとまった期間毎年帰っているのですが、その時々で自分のテーマに沿った蔵元、醸造元を訪ね歩いています。もともと自分の個人的興味や関心に基づく勉強のために情報を集めていましたが、素晴らしい方々に巡り会い続けアウトプットが追いつかないくらいの刺激を頂いています。
その方々との出会いで、自分自身の視野も拓けてきたような気がしています。今はとにかく恩返しがしたい。そして、そういう気持ちが常に図らずとも自然な形で拡散されまわっていってくれることを願っています。


2018-07-06

テレビ局勤務を退職しオランダに移住した鈴木さん

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テレビ局の記者という仕事を辞め、2016年9月にオランダに移住してきた鈴木さんにお話を伺いました。鈴木さんは現在、日本茶の輸入卸やワークショップ、日本語教師、補習校教諭などをやっていらっしゃいます。P:ポートフォリオ、S:鈴木さん

P:オランダにいらしたきっかけを教えてください。

S:東日本大震災がひとつのきっかけでした。震災後、数年かけて日本社会の変化を意識して見ていたつもりですが、当時の自分の立場からまわりを見渡してみると、社会が分厚い利権や既得権益に覆われていることに暗い気持ちになりました。政治、産業ほか、世の中のあらゆる面で利権が猛威を振るっています。これは今でもそうですね、どんどん悪くなるように見えます。当時、私は構造的にそうした既得権益の中にいましたが、早くそこから抜け出したいと感じていました。仕事の面では、テレビのニュースで情報を伝えていましたが、構造的な問題をそのままにして記者を名乗ることに良心の呵責を覚えたり、テレビでなにかしらの問題を提起してみても、その当事者でなければ多くの人が無関心である社会への無力感があったりして閉塞感にさいなまれていました。一方で、ちょうど40歳を迎えて、何か新しいことに取り組んでみようという思いがありました。とはいっても、全く新しい仕事をしようと考えていたわけではなく、これまでの知識や経験を本当の意味で役に立てるにはどうしたらよいかと考えていました。あの震災を通じて一種の「めざめ」を経験した自分は、社会や組織に迎合して「脂をのせていく」のではなく、自分自身の信念や良心が十分に納得できる形で新しい挑戦をしようと思ったのです。そんなときに、ふとオランダが目の前に現れました。

P:なるほど。その新しいことというのは日本では実現しようとは思わなかったのですか?たとえば、フリーのジャーナリストという道もありますよね?

S: 日本でフリージャーナリストとして社会正義に燃える生き方もあったかもしれませんが、単純に自分自身の人生をもっと楽しもうという思いもあったので、海外ありきでした(笑)。実は、学生のころから海外に出たいとも思っていました。会社時代、営業部にいて比較的時間に余裕があったころには英会話を習っていました。そういう積年の思いが「いまだ!ここだ!」と噴き出したのかもしれませんね。


P:順調な記者生活を辞めて海外に移住するというのは大きな決断ですよね。海外に出てからの計画はあったのでしょうか?

S: これまで、それなりに堅実な人生を歩んできましたので、オランダに出る計画も自分なりには相当練り込んできたつもりですよ。たとえば、取材の仕事で食べていこうと考えると、企業の広告や広報の予算をあてにするようになりがちで、これでは本末転倒になります。だから、そもそも別の収入源を作ることを考えました。いま取り組んでいる静岡茶の輸入やワークショップは、静岡時代の知見や人脈、それに取材や番組制作のスキルを活かして展開しているビジネスです。お茶とテレビのスキルがどうつながるの?と思われるかもしれませんが、番組やニュースの制作は、どのように情報を集めてどのように構成して、どう見せるか、という作業です。これは、人に何かを伝えるときにとても重要な要素だと感じています。また、18年間の会社生活では、記者だけでなく営業など、さまざまな仕事をしてきたので、これらの引き出しをもっと生かすことも考えました。こういうと、スムーズにここまで来ているように思われるかもしれませんが、そんなことはありません。実際には自分の持っている人間力を総動員して毎日全力で取り組んで、どうにかこうにかやっとここに立っている、という感じです。同時に、人の縁やタイミングなど、いくつもの幸運が重なったという実感もあります。いずれにしても、いそがしかった記者時代と同じかそれ以上に、いそがしく充実した毎日です。

P:それでお茶を扱っているんですね、各地でお茶のワークショップも開催していらっしゃいますよね、他にもお仕事をなさっているようですが?

S: たとえば、フルート奏者の妻とともにFM静岡で「武良静枝のMooi!オランダ」というラジオ番組を作って毎週放送しています。まもなく90回目の放送です。妻がパーソナリティ、私はディレクターで話題の選定や台本のチェック、収録、編集を担当しています。テレビの取材の仕事は年に数回程度。このほか、アムステルダム補習校教員、ロッテルダムのVolksuniversiteitでの日本語教師、ライデン大学日本学科の非常勤講師、塾講師、着物のトレーナーなど仕事は多岐に渡っていますが、すべて「人に情報を伝える」仕事です。日本語教師は、これも不思議な縁ですが、実は大学で専攻していたのが日本語教育でした。これまでの自分の学びや経験が仕事に生きています。

P: オランダの生活はいかがですか?

S: とても気に入っています。去年の春に第一子の長男が生まれましたが、毎日子どもの成長を見ることができる自分の仕事環境にも満足しています。これは、日本のテレビ局で記者を続けていたらできない経験です。歩きはじめる、しゃべりはじめる、といった子どもの成長をつぶさに見ることができる、それだけでも私のオランダ生活には価値があると感じています。

P: 今後のビジョンはありますか?

S: まずはオランダ語を習得して、必ず永住権を獲得します。仕事は大きく成功させます。子どもにはオランダで成人してもらうつもりです。もう少し具体的に言えば、今後はオランダでの本格的な取材活動や、日本にある特定の社会構造に向けての問題提起にも取り組んでいこうと考えています。ここオランダは自分が人生をかけて選び、降り立った土地ですから、ともすれば日本以上に愛着があると言えるかもしれません。私は日本人ですが、それよりも人類のひとりであることを意識して生きていきます。いずれ状況が変われば、日本にも再び拠点を持つことがあるかもしれません。現状からすれば、そのような希望は持ちにくいですが、やはり日本はふるさとですから、心の片隅ではそうなればいいなと感じています。最後に、ひとつだけ宣伝してもいいですか?最近、フェイスブックに「Japanse Thee Suzuki」というビジネスページを作りました。お茶のイベントなど掲載していますので、よかったらのぞいてみてください。EU基準の静岡茶、ぜひ飲んでみて下さい。 ~~~


2018-05-21

フリーランスの美容師としてオランダで起業した小野寧子さん

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ロッテルダムの美容室で「椅子を借りて」自営で美容業をしている小野寧子(やすこ)さんにお話を伺いました。P:ポートフォリオ、O:小野寧子さん

P:オランダにいらしたきっかけを教えてください。

O:オランダに来る前はロンドンで働いていました。ロンドンではワーキングホリデーという制度を利用して、2年間美容室で働きました。このビザは2年間有効だったのですが、これが切れる前に他の国で働く可能性を探していたところ、オランダで起業家ビザというのが取りやすいという話を聞きました。オランダにはその前にも旅行で来たことがあり、フレンドリーなオランダ人とリラックスした雰囲気が気に入っていました。そこで、エージェントを通してビザを申請したところ昨年2017年の9月に個人営業者としてのビザが取れたのです。

P:ロンドンの前は何をなさっていたのですか?

O:神戸で10年,美容師として働きました。自分で決めた仕事の10年継続を達成したので海外に出ようと思い、カナダでワーキングホリデー制度を利用し、語学学校に通いながら美容室で働くことにしました。カナダのトロントには1年おりました。カナダに居住しているとイギリスでのビザの申請が容易いこともあり、そのあとはロンドンで働くことになったのです。なぜ海外で働こうと思ったかですか? ロンドンにヴィダルサスーンという常に新しいヘアカットやカラーを発信している学校がありまして、美容学生時代からこのスタイルが大好きでした。日本で美容師をしている時にロンドンに二回ヴィダルサッスーンのコースを受けにいき、他の国の美容師さんとも関わる中で、日本以外でも美容師をしてみたいという目標ができたのです。

P:身一つでカナダ、イギリス、オランダへ移住するのはずいぶん勇気がいりますよね?

O: そうですね。カナダとイギリスは雇用されていたのである程度の生活は保障されていましたが、オランダはフリーランスですので、金銭的なリスクはありますね。オランダにはスーツケース2個で到着し、それから家を探し、仕事ができる場所を探しました。幸いロッテルダムのピクニックという美容室で、仕事ができるスペースを貸すいわゆる「椅子貸し」を提供していたので、すぐに契約し仕事を始めました。美容師は、スペースがあれば腕一本でどこでも仕事ができるという強みがあります。でもお客様を確保するまでは収入が一銭もないため最初のころは「明日のことはわからない」という状態でした。もちろん今でも毎日が予約で埋まっているというわけではないので、リスクはある仕事だと思います。

P:リスクがあっても美容師の仕事は楽しいですか?

O: 全くのゼロから始めましたのでお客様はつかず、貯金をくずして生活をするという日々が続きました。でもピクニック美容室にいる他の美容師さんからの紹介や口コミで次第にお客様が増えてきました。お客様はアジア系の人やヨーロッパの人、オランダ人も多く、仕事を通して色んな方と関わらせて頂けることがとても嬉しいです。ロッテルダムは外国人が多いためインターナショナルで、日本人に髪を切ってもらうのに何の抵抗もないようですね。

P: 日本人の美容師さんは人気がありますね。どこが違うのでしょうか?

O:日本人やアジア人の髪の毛は固くてストレートなため、カットがすごく難しいのです。カットしたラインが出やすいためごまかしがききません。そのため髪を切る前に、頭の形、髪質、そして毛流れなどを計算してからヘアスタイルをデザインします。また髪の毛が少し伸びてもヘアスタイルを保持しやすいようにも工夫しています。これは西洋人の柔らかくウェイブのある髪に慣れているオランダの美容師さんには難しいのかもしれません。
それと、ていねいなシャンプー。こちらの美容室では簡単に済ましますが、日本のシャンプーは丁寧に時間をかけてやりますよね。これが大好きというオランダ人のお客様も多いです。

P: お客様に感謝されるのは一番励みになりますよね。

O: 再来してくださるお客様に「自分でも手入れがしやすかった」などの褒め言葉をいただくのは本当にうれしいです。もうひとつこの仕事で楽しいのは、いろいろなお客様との出会いです。お客様からも、ただ ” 髪が伸びたから美容室にいかなきゃ” ではなく、気分転換やリフレッシュなど楽しみの一つとしていただけることを目指しています。

P: オフの時間はどうやって過ごされてますか?

O: 日本にいるころから雑誌用にモデルさんの撮影などをやっていたので、写真を撮るのは好きです。ロッテルダムでは湖の周りの散歩も気に入っています。あとはビール。オランダのビールは美味しいですね。 時間があればカフェに行ってビールを飲みながらいろいろな人に出会のが楽しみになっています。

P: 将来の計画についてお聞かせください。

O: 今のビザは2年間ですが、その後更新してここにしばらく腰を据えたいと思っています。フリーランスという形は初めての試みでリスクや怖さもありますが、全部楽しみながら、少しずつ自分の仕事のスタイルを見つけて、将来結婚、出産(?!)しても長く続けていきたいと思っています。

2018-05-10

子供のためのサイエンス教室を開催する福成海央さん

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前回ご紹介した福成さんの奥様である海央さんにもインタビューしました。

現在はご主人と共同運営をされていますが、実はサイネスを始めたのは海央さんです。ワークショップのあとに、アムステルフェーンの公民館のカフェで3人のお子さん(2歳、4歳5歳、7歳)を遊ばせながらお話をしてくださいました。P:ポートフォリオ、M:福成海央さん

P: サイネスを始めたきっかけを教えてください。

M: :日本にいるときから、子育ての合間に児童館や学童クラブなどで子ども向けの科学教室を開いていました。子どもが生まれる前には、環境教育関係のミュージアムに勤務、その後日本科学未来館にて科学コミュニケーターとして活動していました。もともと大学では海洋生物学を専攻し、こどもの野外活動の支援などにも参加していました。子どもが生まれてからは、フルタイムの仕事は辞め、科学記事の執筆や研究者支援活動、そして近所の児童館や学童クラブで教えるという仕事をしていました。オランダに移住してからも、なんらかの形でこれを続けたいと思い、サイネスを始めました。

P:  見ず知らずの土地で新しいことを始めるのは大変だったでしょう?

F:2016年にオランダに来たのですが、たしかに生活に慣れるのが最初の仕事でした。少し落ち着いてから2017年9月に、子どものためのお料理教室を開いていらっしゃるクッキングキッズさんとコラボさせていただき、サイエンスクッキングのワークショップを開催したのが、サイネスを始めるきっかけとなりました。10月からは、主人がプログラミングやロボットなど小・中学生向け、私が幼児~低学年向けの科学全般と内容を分担し、本格的に活動を開始しました。幅広い年齢層にサイエンスを楽しんでもらえるように、様々なワークショップを開発・実施してきています。

P: ご主人の福成洋さんは、ご自分の意思で日本の会社を退職しオランダに移住なさったのですが、海央さんは積極的に賛成されこちらにいらっしゃったのですか?

M: 実は、私はそれほど海外志向ではなかったのです。日本で自分が築いてきたキャリアや、これから日本でやりたいと思っていたこともありました。ただ、主人のオランダへの移住希望は以前から聞いていましたし、この機会を逃したら後はないと思い、家族で移住に踏み切りました。実際には自分の語学力の無さや、子供たち3人連れての生活に不安だらけでしたが、来てみたら思っていたよりも楽しく過ごせています。

P:日々の生活、お子さんの学校など、オランダと日本との違いはいかがですか?

M: 聞いてはいましたが、日本と比べてオランダの生活はあらゆる面でシンプルだなと思います。毎週のように新商品が出る日本とは違い、最初は少し物足りなさも感じました。今では逆に日本の生活のめまぐるしさを感じ、それに振り回されていたなと思うところもあります。
こどもたちは現地校に通っています。言葉の面でつまずくこともあるようですが、クラスメイトにも温かく迎えてもらい、毎日楽しく通っています。きっと、様々な人種やバックグラウンドの人たちを受入れているオランダの社会も背景にあるからでしょうね。とてもありがたいです。


P: ご主人はお子さんが自立できるようになるまでオランダに在住したいとおっしゃっていらっしゃいますが、海央さんも同じ気持ちですか?

M: あら、そんなことを言ってました(笑)? 私は最初3−4年かなあ、と思ってやってきました。ただ、心配していたよりもオランダの生活が快適に過ごせていること、サイネスを始めて日本ではできなかったキャリアが積めていることから、少し腰を落ち着けて、オランダでしかできないことにチャレンジしてみたいとも思っています。

P: 今後の展望についてお聞かせください。

M: ワークショップをハーグやロッテルダムあるいはベルギーなどの近隣国でも開催したいと思っています。日本では最近サイエンス関係の習い事も増えていますが、おそらく海外にて日本語で受けられるサイエンスワークショップというのはほとんどないかと思うので、他の場所でもそういう機会を提供できたらいいなと考えています。また社会と科学をつなぐ科学コミュニケーション活動も視野にいれていきたいです。具体的には、研究者と直接話をするイベントをしたり、科学の力で未来や社会がどう良くできるかということもワークショップに取り入れられたらと考えています。オランダにも留学や研究でいらしている日本人研究者の方が多くいるので、そういった方たちとも今後つながっていきたいです。

また、オランダにご主人の仕事で滞在しているいわゆる駐在ママの中にいろいろな才能やスキルをもっているかたがたくさんいらっしゃいます。ワークショッププランナーとして、サイエンスに限らずそういったかたがたに機会を提供し、教える側に立ってスキルを発揮させてもらうようなこともできたらいいなと思っています。

2018-04-24

オランダの会社に勤務しながら子供のための科学教室サイネスを運営する福成洋さん

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今回のインタビューは起業家というくくりにははまらないのですが、日本の会社を辞めてオランダの会社に知識労働者として就職し移住してきた福成洋(ふくなりひろし)さんです。週末にアムステルフェーンの公民館で子供向けの科学教室「SciNeth(サイネス)」を開催している福成さんの教室に潜入し、お話を伺いました。P:ポートフォリオ、F:福成さん

P: まずオランダに移住しようと決めた理由を教えてください。

F: :3つありまして、家族との時間を増やすためがひとつ。もうひとつは子供の国際的教育のため。最後に、自分自身の海外経験のためです。日本にいるときはワーカホリックで、深夜の帰宅や週末の仕事も当たり前でした。ほぼ毎週飛行機/新幹線で出張でホテル滞在。当然子供と過ごす時間はほんの少し。出張に出かけるときは、娘が「パパ行かないで~!!」と号泣するのもしばしばで、そういう時は私の方が泣きたいぐらいでした。自分はこんな人生をおくりたかったのだろうかと自問しつつ、長い間温めてきた「海外移住」の機を探っていました。

P:  どのような経過でオランダに移住されたのですか?

F:日本では外資系企業のコンサルタントとして、大学や公的研究機関の研究戦略支援を行っていました。具体的には研究力評価のためのデータ分析を行い、日本・韓国のトップ研究大学に研究戦略上のコンサルティングを行います。2016年にこの会社(日本法人)を辞職し、同じ会社の本社(オランダ・アムステルダム)に現地採用として再就職しました。仕事内容も変わり、現在は当社が販売する研究論文プラットフォームのデータ分析や、社内各部署の目標管理(KPI)など、もっぱら社内業務に従事しています。
日本にいるときより給与は格段に低いですが、労働時間は大分短くなり、家族と過ごす時間が大幅に増えことで、満足しています。

P: ご家族についてお話くださいますか?

M: 妻と、7歳、4歳、2歳の子供がおります。妻は子育てをしながら科学関係の執筆や児童館や学童クラブで実験教室を開催していました。子どもたちは日本ではインターナショナルスクールに通って英語環境に慣れさせていたのですが、オランダでは今現地の学校で学んでいます。子どもたちはあっという間に慣れてオランダ語も流暢です。

P:オランダの教育は日本と比べるとどう違いますか?

F: まずオランダの教育環境は、自由で楽しいなぁ~といつも感じています。日本の学校と違って、ルール(校則)なんてほぼないようなもので、子供達はのびのびしているように思います。また、親の関与が大きいですね。毎朝子供達を教室まで送っていくのですが、子供達は毎朝学校でやってことを見せてくれるし、その場で先生とも立ち話や質問ができるのもいいですね。
 教育内容については、日本では学習指導要領によって、学校で何を教えなければならないかを国ががんじがらめに決めていますが、オランダはいろんなタイプの学校があって、それぞれ自由に教育しているようです。オランダの教育といってもカトリック、プロテスタント、非宗教、イエナプラン、モンテッソーリなどたくさんありますので、身近で経験していることしか言えませんが。ちなみにうちの子供たちは、近所で空きのあったカトリックの小学校に通っています。
 ただ、科学教育は全般的に心もとないですね。日本のように実験道具が揃っている理科教室もありません。オランダ人の同僚も、アムステルダムはSTEM教育の機会が少なく、テクノロジー教育の面ではとても遅れていると嘆いていました。日本人の駐在家族にとっては、オランダにいることで語学は伸びても、理科や社会で遅れるのが悩みだという話も聞いています。一方、地域差はあるようで、工科大学のあるアイントホーフェンやデルフトでは科学教育も盛んと聞いていますので、視察に行きたいと思っています。

P: なるほど。それで子供向けの科学教室「サイネス(SciNeth)」を開始されたわけですね。サイネスは福成さんと奥様の海央(みお)さんがお二人で始めた科学教室だそうですが。

F: はい。もともと子供との時間を作りたかったのは、自分たちで科学教育をしたいという希望があったからなのですが、どうせなら他の日本人家庭も巻き込んだほうが楽しいし効果的だろうと考えました。
 低学年向けワークショップは海央が担当しており、今日は虹の原理を利用した万華鏡を作りました。高学年向けには私が、現在「乗り物の科学」シリーズを6回連続で開催しており、「重力」「空気抵抗」「揚力」「浮力」「推進力/プロペラ」と順に取り上げています。今日は"折り紙紙飛行機"や"切り紙飛行機"を作って飛ばしたり、「風洞実験」をする中で、「揚力」について学びました。このようなサイエンスワークショップは月に一度開催しています。このほかに、プログラミング教室とロボットワークショップを、幼稚園児、小学校低学年生、小学校高学年生、中学生向けに行っています。

P: 幼稚園児にプログラミングですか?

F: はい、でも幼稚園児がキーボードでプログラムを書くわけではありません(笑)。最初は、例えばCubettoという「積み木遊びの感覚で、試行錯誤しながら動かす木のロボット」を使います。ロボットの動きを、積み木のような部品を並べることで命令(コマンド)できるのですが、「前に3歩進んで、次に右に曲がれば、ロボットが学校に行けるね」などと、目的を定めてそこまでの道順を考えるという論理的思考を促す訓練です。

P: おもしろいですね! さきほど飛行機のワークショップを拝見させていただきましたが、黒板に向かって聞くだけの授業とは全く違う、実際に作って飛ばして学ぶというやりかたは、子供にとっても楽しいし学べますね。 授業もインタラクティブで、熱がこもっていました。福成さんは、今後もしばらくはオランダで働く予定ですか?

F: 永住とはいいませんが、子供がある程度自立できる年になるまで、あと10年ぐらいは住みたいと思っています。 

P: ありがとうございました。次回は奥様の海央さんに別の視点からのオランダ移住について聞かせていただきます。


発酵食品や麹の研究とワークショップを行う茉莉花Groenさん


テレビ局勤務を退職しオランダに移住した鈴木さん


フリーランスの美容師としてオランダで起業した小野寧子さん


子供のためのサイエンス教室を開催する福成海央(みお)さん


オランダの会社に勤務しながら子供のための科学教室サイネスを運営する福成洋さん


アレクサンダー・テクニーク教室を主催する椙本康世さん


MONO JAPANの中條永味子さん


リラックス・マッサージのモンタさん


映像作家の小倉裕基さん


理学療法士の桑原さん


日本人ドライバーサービスの村上さん