オランダで起業

ポートフォリオ・ニュースではオランダで起業したかたがたを定期的にインタビューしてご紹介しています。自薦他薦を問わずご興味のあるかたは、info@portfolio.nlまでご連絡ください。

2018-08-14

「ラーメンに恩返し」ラーメン店の夢をオランダでかなえた齋藤さん

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2年ほど前からロッテルダムの隣町スキーダムで横浜家系ラーメン店を開いている齋藤俊海さんにお話を伺いました。インタビュー前に豚骨ラーメンをいただいたのですが、モチモチでありながらしっかりした麺と深みのあるスープに感動を覚えました。お店は世界で最も高い風車やユネスコの無形文化遺産に指定された風車が並ぶ運河沿いにあり、ちょっとした観光気分を味わえます。P:ポートフォリオ、S:齋藤さん

P: いつからオランダですか?オランダに来た経緯を教えてください。

S: 2016年の10月にベルギーに入国しました。それからロッテルダムやアムステルダムなどを見て回り、結局11月にこのスキーダムに落ち着きました。なぜスキーダムかとはよく聞かれるのですが、ロッテルダムの近くで肉や野菜が手に入りやすいところを探したところ、この近くのスパーンセポルダーに大きな卸市場があるのを発見、そこで店はスキーダムと決めたのです。僕は横浜育ちなので将来は、ハンブルグやジェノバ、そしてロッテルダムといった港町のそばに店を構えたいというぼんやりとした夢がありました。なのでオランダに移住するならロッテルダムだと決めていたのです。オランダを移住先に決めたのは、日蘭通商条約による日本人が就業ビザ不要で働けるという記事を読んだのがきっかけです。2016年にはオランダ移住はちょっとしたブームになっていて、「ライフ・ハッカー」や「クーリエ・ジャポン」などでずいぶんと取り上げられていましたよね。それなら、移住は今だと思って実行に移したんです。

P:日本でもラーメン屋さんをやってらしたんですか?

S:いえいえ、普通のサラリーマンでした。でもラーメンは大好きで大学のころからうどん屋、ラーメン屋、焼きそばの屋台(てきや)と麺類店でのアルバイトをこなしていましたので、その道に入る土壌はできていたと思います。てきやは違法だったため続かなかったんですけど(笑)。 元から麺好きの家に育ったというのもこの道を歩む背景にあったのかと思います。家での食事も麺類が多く、両親の初デートは六本木のラーメン屋だって聞いてます。

P: 海外でラーメン屋を出すと決めたのは?

S: もともと海外で働きたかったのだと思います。大学を卒業してから建材を扱う商社で働いていたのですが、退職して1999年から2001年まで1年半ほどカナダでワーキングホリデーを体験しました。農場で働いたり飲食店に勤めたりといろいろやりました。でも結局ビザが下りなかったのでそのままカナダには残ることができず、欧州に渡りました。フランクフルトに着いてすぐに安い車を買って欧州をめぐりました。ゆくゆくはヨーロッパでなにかを始めたいという思いがあったので、下見という意味もありました。そのときもパリやデュッセルドルフでラーメンを食べ、旅路でラーメンにありつけたという救われた気持ちがあると同時に、将来は自分もという夢が生まれたのかもしれません。
その後日本に戻り、老舗の製麺所に入社しました。製麺所を選んだのは、ラーメンの本質を知りたい、そしてそのためには業界を俯瞰しなければという思いがあったからです。それから製麺所をやめ1年半ほどラーメン専門店2店舗で修行させてもらいました。こうして海外でのラーメン屋開業の夢を温めてきました。

P: それから2016年にその夢を実行に移したのですね。スキーダムの中心地はそれこそ17世紀に戻った気分にさせる運河や橋や歴史的建造物が並ぶ美しい街並みですが、齋藤さんが選ばれたのはその外側の移民が多く住む地域ですよね。イスラム教徒が多い場所で豚骨ラーメンを始めるというのもかなりの決断だったのでは?

S: それはあまり気にしませんでした。というより逆にご近所の人たちには本当に親切にしてもらっています。店を手に入れてひとりで改造を始めたときも、向かいでピザ屋を営むシリア系オランダ人のハリルさんに救われたといっても過言ではありません。厨房の改造でガスの口が合わずガスが使えないという死活問題のトラブルが発生したとき、ハリルさんが救いの手を差し伸べてくれたのです。「近所だから」という理由だけで朝方まで内装を手伝ってくれ、改造は一気に進みました。うちの店はハリルが作ったと公言していて、いまでも彼のことを「先生」と呼んでいます。
たしかにここは60%が移民という地域で、イスラム教徒は豚肉はご法度ですが、ハラル(イスラム教徒用に屠殺した肉)の鶏肉を使ったラーメンも出してます。1年と少し店をやっていて、一度も嫌な目にあったことはありません。逆にご近所さんがとてもよくしてくれるのには本当に感謝しています。ポーランドやトルコ系の店が多いご近所の商店のひとたちも「和食系の店ができると町がヘルシーになる」と、非常に好意的なのも助かっています。いずれは町の広告塔になりたいと思っています。

P:行列ができる斎藤さんのラーメンの秘密は? 

S:  今はおかげさまでたくさんのかたにいらっしゃっていただいていますが、最初は1日4人などと閑古鳥が鳴く日が続きました。ところがある日近所の常連の人が店紹介の動画を作ってくれてアップしたところ、これがまたたく間に拡散し、おかげさまで今のように毎日賑わっております。これも、先のハリルさんと同じく、ある意味奇跡の出会いといってもいいかもしれません。ラーメンの秘訣ですか? やはり麺とスープだと思っています。麺はロッテルダム産の粉と店の隣の風車で挽いた粉そしてオーガニックの全粒粉をブレンドした粉で作っています。これにかん水と塩を加えただけでその他全く添加物がないのが自慢です。ブレンドは本当に毎日試行錯誤の連続でした。これとスープが最も相性のいい着地点を探求し、そしてできあがったのが僕の横浜ラーメンなんです。あ、ちょっと付け加えてもいいですか?僕が粉を調達している風車は去年11月にユネスコの世界無形文化遺産に指定されているのです。ナポリのピザと同様、昔ながらの製粉方法を今に伝える事からユネスコ世界無形文化遺産になりました。これも少しだけ自慢です。(笑)

P: 今いちばんやりたいことと今後の目標は?

S:睡眠のほかにですか?(笑) やっぱり家族がほしいですね。仕事では定期的に麺のワークショップを開催しているのですが、そこにいろいろな国からの参加者がいます。彼らが国に帰ってから、自分のラーメンショップを開いてくれればいいなあと。そう、おらが町のラーメンというのでしょうか、ノルウェーのラーメンやらスコットランドのラーメンといった彼らなりのラーメン屋を開く一助になれればうれしいです。僕はここまでラーメンに育てられたと自認しているのですが、こうやって人を育てるのもラーメンへの恩返しだと思っています。

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