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オランダ公共交通機関24時間ストで道路は大渋滞、空の便もキャンセル
28日、年金制度の改善を求めたオランダ公共交通機関(鉄道、バス、トラム、メトロ、フェリー)の24時間ストが始まった。朝7時30分には全土で700kmの渋滞が報告されたが、8時30分にはほぼ解消に向かっている。スキポール空港では空港への足がないという理由から80便がキャンセルされた。

渋滞がひどいのはオランダ西部で、ハーグ、ロッテルダム付近が最も混雑していた。マーストリヒトからアイントホーフェンに向かうA2やハーグからロッテルダムへ向かうA4,そしてレリースタットからマウデンに向かうA6も渋滞している。

運行している列車はアムステルダム中央駅とスキポール空港を結ぶ線のみ。ただし通常は1時間25本あるところ、ストの最中は1時間4本のみとなっている。またスキポール空港を通る一部のバス(300番など)も運行しているが、こちらも不定期。

スキポール空港では80便をキャンセルしたが、乗客は別便(別の日か別の航空会社)を無料で予約できるという。空港へ向かう道路(A4)も大渋滞で、途中で下車して徒歩で向かう乗客もいるが、これは禁止されており反則には罰金240ユーロが課せられる。

アムステルダム北部と中心部を結ぶフェリーもストに突入したため、自転車で通う乗船用にアイトンネル(通常は車両通行のみ)を緊急車両以外の車両通行禁止とし自転車および徒歩用に開放している。
多くの大学では本日予定されている試験を別の日に移行しているが、一部の大学ではそのまま続行。学生連盟LSVbはこれを「馬鹿げている」と避難している。

オランダでは年金受給年齢が現行の65歳から段階的に66歳、67歳へと上げる計画だが、公共交通機関労組は66歳が限度だとして政府と交渉している。

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フランスの3星レストランでソムリエ、その後オランダの1星オーナーに
今回の起業インタビューは、仏アルザスにあるミシュラン3星レストランにてシェフソムリエとして働いた後に、ロッテルダムで1星レストランのオーナーとなったファン・ドベン・ヨシコさんです。何がきっかけでソムリエの道を選んだのか、フランスの3星レストランでソムリエを務めた経験などを語っていただきました。ヨシコさんはもうすぐ3歳になる双子の男の子のお母さんでもあります。

仏三ツ星レストランのソムリエを経て、オランダでレストラン開業

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 ロッテルダムのブラーク駅に近いレストラン「アマローネ」(Amarone) は、黒を基調としたシックなフランス料理店。でも一歩中に入るとオランダらしい気さくな応対で迎えられるカジュアルな店です。この店の共同オーナーであるファン・ドベン・ヨシコさんにお話を伺いました。ヨシコさんは、ご主人のヤン・ファン・ドベンさんといっしょに2018年からこのミシュラン1つ星「アマローネ」のオーナーになりました。現在この店のシェフソムリエとしてワインの買い付けやワインリストの作成も担当しています。

P: ソムリエの資格はいつ取られたのですか?

Y:  はじめからソムリエになろうと思っていたわけではないのですよ。今から20年前の1999年、日本で辻調理専門学校を卒業して、東京の「シェ・松尾」というフランス料理店に就職しお客様サービスを担当することになりました。料理専門学校に行ったのは、とにかく食べるのが好きだったから(笑)。当時大学教授だった父親には反対されたのですが、やはり好きな道を進みたいと思ったのです。「シェ・松尾」で1年働いたころ、ソムリエの人が退職し、突然ソムリエの資格を取らないか?と店から打診されました。それから働きながらソムリエの学校に行き資格を取りました。当時はワインはそれほど好きだったわけでもないし、アルコールにも強くなかったので、偶然にソムリエになったと言ってもいいですね。
ソムリエの仕事以外にシェ・松尾で学んだことは、レストランは料理の提供だけでなく、お客様に楽しい時間を過ごしていただく場所であること。これが現在に至るまで信条となっています。

P: その後シェ松尾を退職されフランスに渡航されたそうですが。


Y: 「シェ・松尾」で、白のボルドーワイン「シャトー・カルボニー(Château Carbonnieux)」に出会ったのがきっかけで、ワインの勉強をもう少し深めたいと思うようになりました。ソムリエになって1年で同レストランを退職しフランスに渡りました。最初はトゥルーズにある知人の家にホームステイさせてもらいフランス語を学びました。確か24歳ぐらいの時だったと思います。半年フランス語を学んでから、2004年にブルゴーニュのボーヌにあるワイン造りを学ぶ学校に入学しました。本当に今思うと無謀ですけれど、若い時は何も怖くないんですね。やりたいと思ったことに突進しました。この学校で1年学び資格を取りました。いっしょに学んでいた人たちは、実際にブドウ畑を持っていたり、ワイン造りをする人たちが多く、私のような素人はほぼ皆無でした。フランス語の専門用語も難しかったのですが、たまたま同時期に学校にいた日本人のかたに助けていただきなんとか資格を取れました。

醸造学というとお酒作りのようで語弊がありますね。私が学んだのはブドウの栽培やワイン造りです。実際にぶどう畑で枝を切るような作業もやりました。

P: その学校でディプロマを取ったあとに、アルザスに?


Y: 卒業後、履歴書を6、7軒のレストランに送付しました。一番先に返事が来たのが、アルザスにある当時三ツ星レストランの「ランスブール(L'Arnsbourg)」でした。即座に面接に行き採用されることになりました。最初は、ソムリエの中でも一番下っ端のコミソムリエとして働きました。その後1年でソムリエに、そして3年後にシェフソムリエへと昇進しました。シェフソムリエの一番大きな仕事が、対お客様の仕事で、ドリンク類すべての提供(お客様にサーブする飲み物すべて)と、その提供の仕方(グラスの選別や温度)の責任を負います。そして、ワインの仕入れからワインストックの管理、そしてワインリスト作成までも行う仕事です。

P: 日本人としてフランスのレストランで、それも三ツ星レストランで働くのはさぞ苦労されたのでは?

はい。これも若かったからできたのかと思います。日本人だとして侮られたくはないという気持ちがあったのか、いつも気が張っていたと思います。でもフランス3つ星での経験が、この仕事の本当の楽しさを教えてくれました。お客様といっしょに楽しむことなど、やはり3つ星レストランならではの貴重な経験も多くありました。
そうして「ランスブール」で頑張っていたときに、現在の夫になるオランダ人シェフに出会ったのです。

P: それからオランダへ移住された?


「ランスブール」で8年働いたあと、2012年に結婚しオランダへ引っ越しました。オランダではアムステルダムのミシュラン2星レストラン「&samhoudplaces (現在は「&moshik」)にシェフソムリエとして就職しました。オランダ人の夫は、ロッテルダムの「アマローネ」でシェフとして働き始め、オランダに落ち着くことになったのです。アムステルダムのレストランでの一番の思い出は、オランダ国王ご夫婦がお忍びでいらしたときにディナーのサービスができたことでしょうか。
そうして2016年に双子を出産しました。
夫は2017年に「アマローネ」の半分の権利をオーナーから譲り受けた後に、2018年に私と2人ですべてを買い取り完全オーナーになりました。

P: お店はランチとディナーの両方オープン。1日中大忙しに見えますが、お子さんたちの世話とレストラン業はどうやって両立させているのですか?

お店の経営は、シェフソムリエだけをやっていた時とはずいぶんと違います。今、働いている人は12名。お客様サービス担当が5名いてそのうち2名がソムリエです。一番大変で、でも一番大切だと思うのは、働いている人たちのモチベーションをいかに上げて、そして保つかということです。特にこの人手不足の昨今、それに一番気を使っています。私もソムリエとして表に出るよりも、今は黒子としてみんなが働きやすい環境をつくり、お客様に楽しんでいただくことを念頭に置いています。なんと言ってもオランダのレストランですから、まだオランダ語があまり自由に操れない私がサービスをするよりもオランダ人の従業員がお客様とコミュニケーションをはかるほうがいいですものね。

もうすぐ3歳になる双子の息子たちは、デイケアに預け、夜はなるべく自分で面倒をみるようにしていますが、お店が忙しいときにはベビーシッターさんの手を借りています。夫も時間が許す限り子どもたちの世話をしてくれます。

P:  ヨシコさんがお子さんの話をするとき、とても幸せそうでした。フランスでは人知れずの苦労があったかと思うのですが、全くそんな様子も見せず、明るくて可愛らしい、それでいてオーナーとしての威厳もあるかたでした。お料理は、自家製味噌など世界中の料理文化を取り入れた、新しいスタイルのフレンチです。


アルバイトの女子学生、ドラッグストアの配送用プラスチック100万枚節約
オランダ大手ドラッグストア「Kruidvat(クラウドファット)」でアルバイトをしていた学生のカーチャ・ディープストラーテンさん(21)が、プラスチックバッグを大量に節約できる計画案を提出、これが採用された。

カッチャさんがクラウドファットの店舗で働いていたとき、配送用のプラスチック包装素材の多さに驚愕した。店舗に配送されてくるメイクアップ用品を包装から出したときに、大量のプラスチックのバッグや包装素材が残った。「プラスチックごみが環境に及ぼす被害は十分理解しているので、この大量の包装プラスチックを見たときには怒りを感じました。」と化学専攻の21歳のカーチャさん。アルバイトだけれども意見を発せねばならないと思ったカーチャさんは、自分のLinkedinのページに写真を載せた。さらにクラウドファットの親会社である A.S. Watson Benelux社宛にこれを送付した。すると驚いたことに流通担当部長のマルセル・エフェルス氏から配送センターに来るようにという返事が届いた。配送センターに行ったカーチャさんはエフェルス氏とともにセンター内を視察、どうしたらプラスチックを減らせるかについて自分の計画を話した。

「私の計画というのは高等数学を必要とするようなものではなく、非常にシンプル。これまで例えばマスカラをひとつひとつ別の袋に入れていたのをひとつにまとめるといった簡単な解決法です。」やりかたを工夫するだけで使用するプラスチック包装の量は劇的に減った。エフェルス氏によれば、今回の提言で年間100万袋以上のプラスチック包装が節約できたという。

これは配送センターでの話だが、実店舗でも多くのスーパーマーケットで包装用のプラスチックの使用を減らす動きがある。

28日(火)オランダ全土で公共交通24時間スト
28日(火)にはオランダ全土で公共交通機関の24時間ストが計画されている。労組が年金制度の改善を求めて交渉中で、合意に至らない場合にはストは決行される。ストが予定されているのは、オランダ鉄道、バス、トラム、メトロといったほぼすべての公共交通機関。通勤・通学は徒歩、自転車あるいは車といった手段のみとなる。

すでにグリーンウィールやシックストといったレンタカーは予約が急増している。KLMなどは車の通勤者が増えるのを見越してすでに通常より広い駐車場を借りている。企業でもこの日は従業員の在宅勤務を推奨するところも多い。

政府も通勤、通学者に注意を呼びかけている。ファン・ニュウェンハウゼン交通大臣は、渋滞を懸念し「車での外出の必要がなければ使用しないように」と述べている。労組と年金について交渉しているコールメース社会省大臣は「火曜日のストを回避するよう努めているものの、非常に複雑な問題がからんでおり」火曜日までに双方の合意が得られるかはわからないとしている。

スキポール空港は、空港への公共交通は火曜日も通常通り運行するよう呼びかけている。もしストを決行するなら裁判でストを中止させる圧力をかけると発表した。


ユーロビジョン・ソングコンテストでオランダ優勝、44年ぶり
18日行われたユーロビジョン・ソングコンテストでオランダ代表のダンカン・ローレンスが優勝した。オランダが優勝したのはなんと44年ぶり。ユーロビジョン・ソングコンテストは1965年に始まった息の長い番組で、各国の放送局が自国代表のアーティストと楽曲を決定し、自国の視聴者に大会を生中継するというもの。開催国は前年の優勝国で、今年はイスラエルのテルアビブで行われたが、来年はオランダとなる。コンテストは視聴者による電話あるいはSMSの投票で行われる。

ダンカン・ローレンスは492ポイントを獲得し優勝、続いてイタリアの465ポイントとロシアの369ポイントが2位3位となった。ダンカンの歌った「Arcade」は彼自身が他の2人のシンガーソングライターと作詞作曲したもの。他の決勝出場国25カ国が派手な舞台装置や衣装で注目を浴びたのに対し、ダンカンの普段着のピアノ弾き語りというのが逆に人々の心を射たようだ。王室や首相も「素晴らしい」とツイッターで祝福している。

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