オランダあれやこれや

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たまにわコラムその1 「テニスコート上の口角泡」
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テニスにまつわるコラムを「まじかな」がお届けしていきます。

外出規制・自粛要請等で出鼻はくじかれましたが、オランダでも日本でも遅ればせながらようやく春のテニスシーズンが到来、と言える状況になってきたところでしょうか。
さて、オランダ人といえば「議論が好き」「よくしゃべる」というのが一大特徴のように言われますが、テニスコート上の彼ら彼女らとて例外ではありません。
わたしはオランダの各地を巡ってツアーを回る気分で数々のオープン大会に出場しましたが、とりわけセルフジャッジにおけるインやアウトの判定で口論となったこと、ほぼ毎試合です。

デン・ハーグのとあるテニスクラブで出場した試合ではこんなやり取りがありました。
相手のドロップショットがサイドラインを割って、わたしが「アウト」と判定した瞬間のこと。(※実際のやりとりは英語でしたが)

相手「いや、いまのはインだ」
自分「いや、アウトだよ」
相手「いや、おれは近くで見ていた。いまのは入っていた。」
自分「いや、一番近くで見ていたわたしがアウトと言っているのだからアウトだ。」
相手「でもおれも自信がある。レット(ポイントのやり直し)にしよう。」
自分「いや、それはおかしい。そもそもこれはセルフジャッジであり、自分側のコートを自分で判定するルールの中でわたしが自信を持ってアウトと言っている。ただそれだけだ。」
相手「でもこのおれが確かに見たのだから、レットにするべきだ。」
自分「じゃあ今後、逆にそっちの判定にこっちがおかしいと言えば常にレットにするのか?」
相手「そういうわけにはいかない。これと全く同じ状況が起きるわけではないのだから。」

この議論(口論?)の顛末はご想像にお任せしますが、たいてい試合が中断するときは万事この調子で、理屈のぶつけ合いかつ平行線です。しかもこのような寸劇は、15歳の少年からスポーツ心理学者に至るまでの多様な対戦相手と繰り返されたことからして、わたしにとっては属人的なものを超えたオランダ人そのものの特性として鮮やかに思い出されます。

遂にはあるとき、口を出す立場にないはずのコートサイドの観客から「いまのは入ってたよ。」と言われたことさえありましたから、この種の議論にはすっかり慣れていきました。
とはいえ、オランダにおけるテニスでは、片方のプレーヤーに疑義がある際にはレットにするというローカルルールとして存在する側面もあるため、外国人として「郷に入っては郷に従え」という言葉を思い出してレットにすべきなのだろうか、と内省もしました。
ある意味では「関係者全員で合意形成」を重んじる国民性がこんなところにも表れているのではないか、とすら感じるこの頃です。

一方で、日本人とひとくくりにするのも好きではありませんが、テニスに限らず日本人で学生時代からスポーツに取り組んで来たような方は、わたしも含め良くも悪くも「教育としての部活動」の影響を受けてきた方が多いのではないでしょうか。
そんな背景も手伝ってか、スポーツをする者の美徳として「礼に始まり礼で終わる」「対戦相手をリスペクトする」「審判の判定に不服を言わない」のような点は当然であると日本人は無意識に感じているふしがあります。それゆえに、日本のテニスでは学生同士でも社会人同士でも、セルフジャッジで微妙な判定だと感じてもせいぜい「いまのアウト?」とけん制をするくらいです。よほどの食い違いを感じなければ渋々でも次のポイントに進む、というのが最も多いパターンではないかと思います。
そこに来て自分の考えや意見の立ち位置を躊躇なく明確にすることこそが美徳と考える国に飛び込んでいったわけですから、わたしが新鮮な驚きを感じたことも無理からぬことであったわけですね。

新型コロナウイルス感染拡大防止に努めるこのご時世ですから「口角沫を飛ばす」わけにはいきませんが、議論の際もラリーと同様にネットを挟んで距離をとりながら、商魂たくましいオランダ人との「交渉」をテニスコート上でも楽しんでみてはいかがでしょうか。テニスのことになるとつい熱くなってしまう方には、楽しみな季節となりました。