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「Time Out」調査でアムステルダムは世界のベストシティ2位に
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世界315都市58カ国、13言語で展開するグローバルネットワークである地域密着型のシティガイド「Time Out」が今年行った調査で、アムステルダムは世界2位となった。世界の2万7000人以上の都市生活者に、各都市のフードシーンや文化的多様さ、住みやすさ、幸福度などを尋ねたもの。それに加えて、今回はコロナ禍におかれていた過去18カ月に各都市が達成してきたことを評価するため、コミュニティープロジェクトやグリーンスペース、サステナビリティなども調査項目に含めた。

1位はサンフランシスコ。これに続くのが、2位アムステルダム、3位マンチェスター、4位コペンハーゲン、5位ニューヨーク、6位モントリオール、7位プラハ、8位テルアビブ、9位ポルト、そして10位が東京となっている。

アムステルダムが2位となったのは、文化活動や社会生活が満足に行われなかったロックダウン中、市内の美しさや歴史そしてコミュニティの大切さに住民が注目したことが大きい。とくにこの期間、マリファナを販売するコーヒーショップや売春地域から酔っぱらいの旅行者が姿を消し、本来のアムステルダムの美しさが再現されたことが2位に上昇した背景にあるかもしれない。

調査によれば住民の47%がアムステルダム市は「グリーン」だとみなし、27%が「サステイナブル」だと考えている。この数字は低い気がするが、他の都市と比べると最も高い部類に入るという。市民の憩いの場所であるフォンデルパークが市の中心にあり、「自然の中」で散歩ができる都市では2位となっている。
(画像:Ralf GervinkによるPixabayからの画像)


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アムステルダムから4分の3のエアビーが消える
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アムステルダムで営業している民泊エアビーアンドビー(AirBnB)の4分の3が消え去った。アムステルダム市は長い間、小さな街に押しかける観光客による騒音やゴミ、混雑によるいわゆる観光公害に悩まされてきた。市は今年から観光客を減らす対策の一環として、民泊を登録制とした。登録していない民泊は、エアビーアンドビーのサイトに掲載されない。今年の3月28日には16,648軒が登録されていたが、10月4日には2924軒と激減している。Booking.comなどエアビーアンドビー以外のサイトでの掲載をあわせても18715軒から4128軒へと減っている。

今年の4月からアムステルダム市内で自分の家や部屋をバケーション用にレンタルする場合には、市に登録しなければならなくなった。さらに、宿泊客についても、毎回届け出る義務が生じる。届け出をしない場合には罰金が課せられるという。この登録期間は今月末まで。
これまでも観光客を減らす対策として、民泊の合計宿泊期間を年間30日間まで、そして一回に宿泊できる人数を4人までという規定を課してきた。しかし、エアビーアンドビーや他のサイトが、予約の詳細を市に報告しないため、この規制もあまり意味がなかった。

今回の登録制度で、エアビーアンドビー社は未登録の民泊はサイトに載せないと述べている。ただし、あくまでも市の規制に協力するために自由意志で行っているという。

アムステルダム、ホロコーストの犠牲者すべての名前を刻んだ記念碑完成
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第二次世界大戦中、オランダからナチスの強制収容所に送られ、ホロコーストの犠牲となった約102,000人のユダヤ人とジプシーは、これまで一人一人の名前を刻んだ墓を持たなかった。ひとまとめに、収容所の犠牲者として扱われていた。それが今日、犠牲者の名前と死亡年齢が刻まれたレンガ102,000個でできた記念碑がアムステルダムで完成し、除幕式が行われた。式典には、ウィレム・アレクサンダー国王をはじめとし、ルッテ首相、ハルセマ・アムステルダム市長が演説、そしてホロコーストから生き延びた人たちが出席した。この記念碑のデザインをしたのは、ポーランド系アメリカ人の建築家であるダニエル・リベスキンド氏。

この記念碑建設に奔走したのは、ジャック・フリスハーフェル氏。彼も多くの家族をホロコーストで亡くしている。2006年から資金集めを初めたが、当初の700万ユーロは1460万ユーロにまで膨らんだ。そして政府や個人や企業の寄付により、15年かけて完成した。

アウシュビッツなどの強制所に送られた人のほとんどがアムステルダム出身であった。本や映画でも有名なアンネ・フランクも記念碑に名を連ねている。記念碑は戦前多くのユダヤ人が住んでいたWeesperstraatにある。この地区にはユダヤ博物館もある。この記念碑の建立で、少しでも多くの人たちが、犠牲者に思いを馳せ、戦争について考える一助になるといいと、関係者たちは述べている。

犯罪ジャーナリスト、アムステルダムで銃撃を受け重体
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オランダではおそらく最も有名なジャーナリストであるペーター・デ・フリース(Peter R de Vries)氏(64)が、6日午後19:30ごろアムステルダムの中心地で銃撃を受け病院に運ばれた。事件が起きたのは繁華街ライツェプレインに近い道路上。目撃者によれば5発が撃たれデ・フリース氏の頭を直撃したという。警察はすでに容疑者3名を逮捕しているが、実際の犯人であるのか否か、動機などは明らかにしていない。警察はさらに捜査を進めると発表している。

デ・フリース氏は犯罪捜査ジャーナリストとして活躍している。 犯罪捜査ジャーナリストというのは、警察やときには犯罪組織と協力し、犯罪を捜査し、犯人を追いつめメディアで発表するというジャンルのジャーナリズムである。デ・フリース氏は数々の本の出版をはじめとし自身のテレビ番組も持っていた。過去40年以上に渡り、多くの犯罪を解決したり未解決事件に取り組んできた「人道派」ジャーナリストだ。1980年代にハイネケンの社長であったフレディ・ハイネケンの誘拐事件で名を馳せたのが始まりで、その後数々の重大事件に関わり、最近でもモロッコマフィア関連の犯罪に関わっている。

事件の直後、アムステルダム市長を始め、ルッテ首相、フラッパー司法大臣が記者会見で、怒りと遺憾を発表。国王夫妻もフェイスブックにて法治国家への攻撃だと憤りを表明している。


アムステルダム市長、過去の奴隷制度に謝罪
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アムステルダム市のハルセマ市長は木曜日、過去にアムステルダム市が行ってきた奴隷制度に対し謝罪を発表した。最近オランダでは、アムステルダム国立美術館で「奴隷制度」という展覧会が開催されたり、美術館・博物館が植民地から搾取してきた展示品を返還するなど、過去の奴隷制度に関する反省や批判が高まっている。

奴隷制度というと米国のものというイメージが強いが、実は奴隷貿易や植民地での奴隷強制労働で富を築いたのは「黄金時代」を謳歌したオランダも例外ではない。アムステルダムの運河沿いの豪邸は奴隷貿易やプランテーションで富を築いた商人のものだった。

市長のスピーチによれば、1500年から1880年の間に、少なくとも1,250万人が大西洋奴隷貿易の犠牲になっている。オランダ人商人によりアフリカから連れさられ、名前、歴史、アイデンティティを奪わた。屈辱を与えられ、殴打され、殺された。オランダの南米植民地であったスリナムでは奴隷を使ったサトウキビなどのプランテーションが作られ、生産物はオランダ商人が世界中で取引した。17世紀世界で最も裕福だったオランダは奴隷の貿易と搾取で富を築いたと言っても過言ではない。18世紀には、経済成長の40%が奴隷制によるものだったという。

その中でもアムステルダム市は中心的な役割を果たしていた。1578年から1795年の間に市長となった139名の半数は、東オランダ会社と西オランダ会社の取締役や南米の植民地スリナムの支配者であった。

アムステルダム市はオランダで最初に奴隷制度に対する謝罪を行った市だ。米国ではいくつかの州が謝罪をしているが、世界ではロンドン、リバプール、ガーナ、そしてベナンなどが奴隷制度に関わったことを謝罪。ただオランダ政府は、過去の奴隷制度に対して国家レベルでの謝罪を避けている。
(画像:Slavenij, Rijksmuseum)

ウィーンとアムステルダムを結ぶ夜行列車復活
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アムステルダムとオーストリアのウィーンを結ぶ夜行列車「ナイトジェット」が、24日夜20:13分、ウィーン中央駅を出発した。アムステルダム中央駅には25日10:43に到着する。この区間を夜行列車が運行するのは2010年以来初めて。ウィーンを出発した列車は、ニュルンベルク、フランクフルト、アーネム、ユトレヒトなどに停車し、アムステルダムに到着予定だ。

夜行列車の復活は、環境破壊の原因となっている航空機運行を少しでも減らすのが目的で、欧州全土でこの動きが広がりつつある。アムステルダムからウィーンへの運行では、航空機利用に比べて350キロの二酸化炭素排出が少なくなるという。10年前までは、オランダからミンスク、コペンハーゲン、ミラノなどを結ぶ夜行列車が運行していたが、飛行機代の値下がりや便利さで廃止となる線が相次いだ。しかし、オーストリア鉄道(ÖBB)が中心となり、夜行列車の復活が始まりつつある。 ÖBBは、ローマ、ハンブルグ、そしてベルリン行きの路線などに、巨額を投資している。今回のウィーン・アムステルダム線には、オランダ政府も670万ユーロ投資した。

夜行列車ようやくの復活だが、今のところドイツやオーストリアはコロナ規制でオレンジに指定されており、不要不急の渡航が禁止されている。特にドイツへ行く場合にはオンラインでの登録とPCR検査の陰性証明が必要となっている。

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